JPOまでの道のり③青年海外協力隊

JPOの応募条件のひとつである2年間の海外勤務経験は、協力隊への参加で満たせることができます。将来的に国連で働くことを視野に入れて協力隊に応募しましたが、それ以上の関心は、実際に国際協力の世界に身を置いて何を感じるのか、国連を目指していいのか、の2点でした。

今協力隊を振り返ると、本当に参加してよかったと思っています。物が少ない、日本と比べると不便な環境で、幸せに暮らしている現地の人と過ごし、物事や人生の考え方を見直す大きなきっかけとなりました。

ただ、協力隊参加後の国際協力への想いは少し冷めていたと思います。上記の通り、不便だけど楽しく生きるケニア人。それに比べ、自分は便利な日本で楽しく生きているのだろうかと疑問が湧いてしまったからです。とは言え、違った視点で国際協力を経験したかったので、大学院への入学までの間、日本の国連広報センターでインターンをしました。

JPOまでの道のり②専門領域の開拓

国連で働きたいと考え始めた大学生時代の後半、すでにIT企業への就職を決めていました。国連の組織構造をあまり知らなかった当時は、国連の仕事といえば紛争解決や平和構築だろうと思っていたので、IT業界での経験は遠回りになると考えていました。なので、ある程度働いてから、国連で必要となる分野を大学院で学ぶつもりでした。

ITを専門領域として働ける部署があると知ったのは、国連に関する本を読み始めてからです。複雑な国連の組織構造や、ひとつひとつの部署を理解していくうちに、今思えば当然ですが、国連にも管理部門があり、IT部門があると知りました。国際協力の現場への憧れはあったものの、無理にキャリアを変える必要がないと考え始めた頃です。

IT企業で5年ほど働き、青年海外協力隊ではコンピュータ講師としてケニアに行き、大学院ではビジネスとITについて学び、国連に入るまではコンサルティングファームでテクノロジーコンサルタントをしていました。働きながら、また学びながら常に国連を意識していたわけではありませんが、この積み重ねがなければ、国連で働くことはできなかっただろうと思います。

JPOまでの道のり①国連で働きたい(合格から10年以上前)

国連正規職員ではないJPOという身分ではありますが、10年以上前から目指していた国連で働くことができているので、これまでのキャリアを振り返ってみたいと思います。

大学生時代、途上国に旅行する機会が何度がありました。そこで、日本との生活水準のギャップに違和感を感じ、国際協力に関わる仕事に就きたいと考え始めました。その頃の考え方は単純で、一番大きな機関は国連だから目指してみようと思っていただけです。ところが、調べれば調べるほど難関であることが分かってきました。日本人が国連に入る方法として大まかに3つあり、それぞれ以下のような条件になっています。

・競争試験
国連が公開する空席に対し応募する方法。ポジションによって採用要件は異なるが、エントリーポジションで言うと、2年以上の勤務経験、大卒、語学力。世界中が競争相手なので倍率はかなり高い。1つのポジションに対し、数百通の応募があると言われている。

・YPP
32歳以下が応募できる、国連による若手のためのプログラム。語学力、専門領域の修士号、勤務経験が必要になる。これも世界中が競争相手なので倍率は高い。

・JPO
外務省が運営するプログラム。35歳以下、語学力、2年以上の海外勤務経験、修士号が必須条件。外務省が費用を2年間負担し、その期間にJPOが国連の正規ポジションを取得することを目的としている。競争相手は日本人だけなので、倍率はやや低い。

当時、応募すら簡単できないんだなと思っていました。国連に入ることを視野に入れながら、専門領域を開発して、海外で働く機会をつかんで、修士号を取ろうと考え始めたのでした。

プロフィール

ジェフ

Author:ジェフ
<仕事>
2018- 国連事務局(JPO)
国連事務局のOffice of Information and Communication Technology(OICT)に勤務しています。
2014- コンサルファーム
2013- イギリス大学院留学
2013- 国連インターン
2011- 青年海外協力隊@ケニア
2006- IT企業

<趣味>
・ブラジル音楽
・整理整頓

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