理解できないこと

人は夢だったり目標だったりに向けていろいろな手段や方法を使ってて、
その中には自分には理解のできないことがあるようです。

例えば。
その手段や方法に、ある国の半分の人が合法だと叫び、半分の人が違法だと言ったら。

5年の歳月を経て、その言葉は返ってきました。
生まれて初めて、「苦笑い」を実感しました。

ただ、5年間経った今もまだ残っているということは、
誰もが論理的に批判をできなく、誰もが論理的に肯定もできなかったのでしょう。

きっと成功者は表に出て、失敗者や脱落者は影に消えていく。
肯定も否定もできない自分に腹が立ち、失敗した人を思うと恐怖を感じました。

以上、全ての人の近くで起こるかもしれない、なんとも言えない話でした。

コメント

こんばんは。初コメです。

僕は世の中のすべての物事は主観であるか客観であるかの違いしかないと思ってる人なんで、そういうこともまれにあることかなと思っています。

何事も視点を変えてみるといろいろ違うことがわかってきます。あなたはそんなことは知ってるでしょうけど。

いろんなことに興味を持ってる人みたいですけど、それについて違った視点から見てみるとまたいろいろ考えることがあるかもしれません。

脈絡がない上に変なコメントですいませんでした…

コメントありがとう!

まぁ、抽象的な会話になりますが、難しいです。

物事にはいろんな側面があって、その側面に対しても人によって考え方が違うわけで。

全てのことを理解するのは難しいけど、なるべく理解するように心がけてるつもりです。

正しい、正しくないは本当に重要なことではないようです。

正しいか正しくないかが重要というのは最近よく思います。

何が正しいかなんて誰にも決められないんだと、つくづく実感しますね。
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